なるほどですね。

作家とプロデューサーをしているみずけんのコラム

「良い」に取り付かれたシェアハウス

   

大学生の頃、高田馬場でシェアハウスをしていた。

今思い出しても非常に楽しいひと時で、未だに交流のあるメンバーも多い。

その時、流行っていたのが「良い」である。

当時マンション14階の一室でシェアハウスをしていた僕らは、その立地に負けないほどの意識の高さを誇っており、

「周りのことを肯定していこう」という取り組みを始めていた。
  

その手始めが

「良い」

である。

 

 

リビングで、各々がパソコンで作業をしている時、一人が口を開く。

「YouTubeって、良いよね。」

 

すると別の一人が言う。

「あ、気付いた?」

「うん、気付いた。」

「良いよねぇ。」

「てか動画って、良い。」

「俺も思ったわ。やっぱり動画って、良い。」

 

 

 

冗談みたいだが、本当にこのようなペラペラの会話が繰り広げられていた。

 

「昼飯、生姜焼き食べてきたわ」
「生姜焼きって、良いよね」

「実家どこだっけ?」
「愛知だよ。」
「愛知って、良いよね。」

「これ、俺の後輩の子」
「名前なんて言うの?」
「りえです。」
「りえって、良いよね。」

 

 

Siriでももっとマシな返しをしてくれる。

 

 

ちなみに完全に余談だが、「~て、良いよね。」の「、」を少し余韻を残す感じで言うことが、カッコイイとされていた。

アホである。

 

 

そして季節は巡り、僕達は一つの答に到達する。

「良いって、良い。」

もうめちゃくちゃだった。

「This is it」の日本語訳ばりに意味が分からない。

 

 

さらにこじらせた挙げ句、

「YouTubeって、良さ。」 

という謎の体言止めが完成した。

 

 

この「良さ」という響きに、アホな俺達は大ハマり。

誰かが「良さ」と言うだけで、転げ回って笑った。

 

 

_風呂って「良さ」。

 

_昨日、見た映画が「良さ」だった。

 

_ちょっとそこの「良さ」取って。

 

最後に関しては何を取って欲しいのかさえ分からない。

 

 

 

また、時には互いを戒め合い、

「それは悪さ。」

と苦言を呈することもあった。

今思い出して耳真っ赤である。

 

 

恥ずかし過ぎて腹が減ってきたので、ちょっと「良さ」でも食べて来よう。

 - シェアハウス